第一期Discovery/バーディー時代
2009-06-04


1991年(19-20才)、仕事もせずブラブラしていたのだが、
中学からの旧友のフェアリーテール(F&C)を退社したYD氏にバーディーソフトに呼ばれた。

CAL1のシステムを譲り受けたYD氏が、
そのシステムをCAL2用に作り直すのを手伝てとの事だった。
その場所で、フェアリーテールを退社してきた美龍氏、林家パー氏、秋まさき氏と再会した。
当然無給の仕事なので、金のないKENJIはみんなにたかっていた。
特に美龍氏は美味しい物を食べさせてくれた。

その後、、しかとみよ氏によばれて、Discoveryへ入社し、斎藤けん坊氏の元、Sweet Emotion、Mirage、Red等を作った。
そのシステムの統合のため、自分が作ったADVシステムを基準とし、PC98,FM-Towns版を自分が、
X68000版をYD氏と自分でくみ上げた(X68000は主に圧縮関連)。
ここでは大越氏とキリヤマ太一氏と出会った。
入社当初は、諸事情のため自分1人しかいないことが多かった。

YD氏はバーディー、自分はDiscoveryと言う別会社にいたが、
社長が(資本ではない)提携関係にあると言うので問題なく過ごしていた。
この頃のバーディーのソフトの殆どを組んだ。
タイトルは、たしかJOKER1/2、PAL、MyEyes!だったと思うが、良く覚えてえない。

Discovery在社中、YD氏から、オレンジソフトのソフトを手伝ってくれないかと言う話がきた。
その話しに乗り、REVIEWと言う最初のタイトルから、PRESENT1/2、イリウム、その他最後のタイトルまで作った。
(ガイアスロードを除く)
オレンジソフトからは最初のタイトル、REVIEW分として20万円ずつもらって残りは無給だったが、
自分のタイトルが増えることが嬉しく、問題視はしてなかった。

しかも、社長がDiscoveryのFM-TOWNS版の編曲をしてくれていたので、
何の問題も無いと考えていた。

REVIEWはPC98のエロゲ史上、初のMIDI対応だった。(MPU-98インテリジェンスモードオンリーだったが)

3社にいるという異常な状態だったが、他の数社でも仕事をした。
同じ様な事をやっていた人がいたし(ただし1度のみ)、
基本は給料をもらっている会社にメインでいたし、
仕事をおろそかにした覚えがないので気にしなかった。

その上、時間があると、開発ツールやフリーウエアなども作るくらい、
プログラムに集中していた。

今考えると、相当やばい事をしていたと思う。素直に謝罪する。

余談だが、この頃、バーディーとDiscoveryで良くカラオケに行っていたが、
大越氏と美龍氏はずば抜けて上手かった。藤原氏は酔うと良く物を壊していたw
[歴史]

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